株式会社ホニック
代表取締役 森上 智代
「ホニックらしい商品を作る」——段ボール検査装置で、現場の信頼に応える

5代目代表へ——事業を継いだ歩み
ーこの事業を始めたきっかけは何でしょうか。
私はホニックの5代目の代表になります。今までの代表者全員に縁故関係はなく、全員が社員から代表になっているという、中小企業としては珍しい形で継続している会社です。
当社はもとは機械関係の下請けとして、主に制御盤制作などを行う会社としてスタートしました。
一般事務員として24歳で中途入社した頃にはすでに創業から7年経過していましたが、まだ企業としての体制が整っておらず、就業規則もなければ制度もほとんど整備されていない状態でした。その状況を懸念し、私の独学で就業規則を作成。福利厚生や社内制度も私が役員に就任してから少しずつ整えていきました。創業当初から経営に関わっていたわけではなかったんですよ。
3代目の社長に代わられるタイミングで、下請けから「自社商品を作っていこう」という方針に変わる出来事がありました。下請け業務の単価がかなり下がってしまい、例えば時給でいうと4,000円もらっていたものが1,000円くらいまで落ちてしまうような、かなり厳しい状況に陥ったためです。そんな状況を打破するためにも「下請けから脱出する」という方向に舵を切りました。
その当時はちょうど段ボール関係の制御盤を作っており手ごたえも感じていたので、段ボール製造メーカー向けの検査装置を作ろうという方針が固まりました。そうして様々な検査装置を開発していき、初めて1つ目の特許を取得しました。その特許を軸にして、現在のスタイルが確立していきました。
ー前職は何をされていましたか。
ホニック入社前は会計事務所で働いていました。中学の後輩がホニックに勤めており、退職するということで新しく事務員を探していまして。
会計事務所での仕事は非常に大変で、確定申告や年末調整の時期になると終電に間に合わないようなこともありました。また自宅からも遠く、通勤するのも一苦労でした。ホニックは自転車で通える距離でしたし、ちょうど事務員を探しているなら、と転職することに決めました。
ー事業を継承する決意をした瞬間はありますか。
役員に就任した36歳くらいの頃だったと思います。その時は「何があっても最後までこの会社にいよう」という決意をしていました。とはいえ、いずれ代表を務めるかどうかまではその時は考えておらず。
コロナ禍直前に4代目社長に交代されまして、私としては4代目を支えていく立場で副社長として終わるつもりだったのですが、その方が一昨年の10月に退任することになり、急遽私が代表になりました。その時はそこまで特別な覚悟は必要なかったです。
すでに長い間、資金や運営にも関わってきていたので、ある程度の覚悟はできていたからです。ただ本音としては、次世代の役員に代表を担ってほしいという気持ちがありましたが…中小企業の代表権というのはすべての保証をするという責任が伴いますので、まだ若い役員たちにとってはそこに対しての躊躇があったのではと思います。
そういった経緯で私が代表権を持つことになりましたが、これまで銀行とのやり取りや社内的なことも含めてやってきたので、大きな変化というものは実際にはありませんでした。
もとより覚悟はありました。代表取締役社長として必要なのは、計画性や行動力だけではなく「度胸」だと思っています。
“「ホニックらしい商品を作る」。どこにもないものを作るという考え方を、ずっと会社として持ち続けています。”
人生の転機と、判断の軸
ー人生の中で最も大きな転機は何ですか。
一番ショックだったのは、1年ちょっと前に姉がくも膜下出血で倒れたことです。父が亡くなったり社員が亡くなったりという経験はありましたが、一番身近な人で友達のような存在の姉が倒れたことは、大きなショックであり辛い出来事でした。倒れてから3ヶ月間はほとんど寝たきりで今でも会話はできない状態ですが、懸命なリハビリを経て少しずつ回復し、今では介助付ではありますが車椅子に乗れるようにまでなっています。
この経験もあり、去年から社員への福利厚生の一環として脳ドック検査を導入しました。通常の健康診断では脳神経の項目がなく分からない部分も多いので、予防できることは早めにやるべきだと思うようになりました。
ー影響を受けた人物はいますか。
若い頃に影響を受けたのは、中坊公平さんという弁護士の方です。この方の「正面の理、側面の情、背面の恐怖」という言葉がとても印象に残っています。この考え方を軸にして物事を判断するようになりました。
旅費精算を例えに出しますと、旅費精算のルールはルールとして存在するのが「正面の理」です。ただ現場には事情があり、移動が大変な場合などは宿泊費を出すといった判断が「側面の情」になります。一方で、その情が行き過ぎて不正が起きるかもしれない可能性を考えるのが「背面の恐怖」です。この3つの考え方は今でも経営判断の基準になっています。
ー子どものころ、どんな性格でしたか。
負けん気が強い子だったと思います。
ーそれが今の仕事に繋がる原点はありますか。
子どもの頃よりはいくらか穏やかになったと思いますが、ある程度の負けん気はずっと持っていると思います。
“代表者全員に縁故関係がなく、全員が社員から代表になっている。中小企業としては珍しい形で続いてきた会社です。”
理念と、社員への想い
ー御社が最も大切にしている理念は何ですか。
「ホニックらしい商品を作る」ということです。どこにもないものを作るという考え方は会社として常に持ち続けています。
ー社員に対して大切にしていることは何ですか。
褒めるときは人前で、叱るときは人前では言わないようにしています。
「どうすればできるようになるかを一緒に考える」という姿勢を自分の中でずっと大事にしています。ただしあまりにも良くないことがあれば、一度立ち止まってから対応するようにしています。
ー経営判断で最も大切にしていることは何ですか。
まずは社員にとってプラスかどうかということです。社員あってこその会社なので、そこが一番大事な判断基準だと思っています。
“褒めるときは人前で、叱るときは人前では言わない。どうすればできるようになるかを、一緒に考えます。”
この仕事の魅力——人とのつながり
ーこの仕事の一番の魅力は何ですか。
15年ほど前に求人が非常に厳しい時期があり、積極的に外国人雇用の方針を取りました。最初に採用した方はベトナム籍で入社時には独身だったのですが、その後半年ほどで結婚され奥様も日本に来ることになり、日本で不便なく暮らしていけるようにと外国籍社員だけではなく奥様も含めて、私が講師となり日本語教室を週3回ほど行うことにしました。
日本語教室を通じて一緒に過ごすうちに、奥様とも自然と関係が深くなっていき、奥様が出産される際には、母親教室にも同行するような関係になっていきました。
そういった交流を積み重ね、最初に入社した方を中心に既在籍の外国籍社員同士が自然と協力し始め、そのコミュニティ内で奥様含めそれぞれがサポートしあうような関係が作られていきました。
最初にあった少しの苦労は、長い目で見れば大きな負担ではありませんでしたね。今ではむしろ、私が奥様たちから楽しませてもらえることの方が多くなったくらいです。母の日や私の誕生日月に食事会を開いてくれることもあり、本当に、人生でこんなに笑ったことがあっただろうかと思うくらい、50歳を過ぎてから笑うことが増えました。
彼女たちが私のことを「お母さん」と呼び、その子どもたちが「おばあちゃん」と呼ぶような関係になり、それは仕事の枠を超えた人としてのつながりになっています。
これは「代表という仕事の魅力」というよりも、このホニックという会社そのものの魅力だと思っています。
ー経営で曲げない信念はありますか。
基本的には先ほどお話しした「正面の理・側面の情・背面の恐怖」という考え方で判断することが、曲げない部分です。そしてもう一つ大事にしているのは、社員を犠牲にしないということ。そこはとても重要だと思っています。この考え方があるからこそ、健康経営にも力を入れています。できるだけ早い段階で身体的な変化やリスクに気づき、あらゆる病気を予防できる形にしていくことが大事だと考えています。
“社員を犠牲にしない。だからこそ、できるだけ早く変化やリスクに気づき、予防できる形にしていくことを大切にしています。”
ホニックの事業と、技術の強み
ー御社の事業を一言で表すと、どんな会社でしょうか。
段ボール製造メーカー向けの検査装置や制御装置などを作っている会社です。段ボール製造の現場で役立つものを提供することに特化しています。
ー商品やサービスについて教えてください。
一番分かりやすいものとしては「AUTOⅡ」という商品があります。
ホニックが最初に特許を取った製品で、段ボールの側面を見るとある山、いわゆる凹凸の部分に不良がないかを検査する装置です。1分間に300mから400mの速度で流れていく段ボールを貼り合わせ前に検査を行い、不良を自動で検出・除去する仕組みです。よくお客さんに「AUTO1はあるのか」と聞かれるのですが、これは段ボールの「凹凸」部分を見る機械なので「AUTOⅡ」という名前になっています。所謂ダジャレのネーミングですね。現在は3代くらい進化していて、「New-AUTOⅡ」や「AUTOⅡ-L」などのシリーズがあります。この製品は日本全国の段ボール業界の95%以上に導入されています。他にも印刷のズレやカットテープの位置などの、さまざまな検査装置があります。
ー他社にはない御社の強みは何ですか。
技術と知恵の両方があることだと思っています。電気関係の業界は、C言語、画像処理、シーケンスなど、それぞれの専門領域で分かれていることが多いです。しかし当社はそのどれか一つに偏るのではなく、それぞれの技術を持った人材が集まっている会社です。そのため一つの商品を作る際にも、最適な方法をその都度選択できます。一般的な会社では「この技術で全部やる」という発想になりがちですが、当社は目的に対して最も適した技術を選びます。そこが大きな違いであり、強みだと思っています。
“50歳を過ぎてから笑うことが増えました。技術だけでなく、人の力も会社の大きな魅力です。”
26件の特許が支える技術力
ー技術やノウハウはありますか。
勿論です。特許は26件ほど取得しています。他社が特許申請する際に当社の特許を参考にしたと記載されることもあるほど、業界の中では先行してきた部分があると思います。
ーどれくらい前に特許を取得しましたか。
最初の「AUTOⅡ」は30年ほど前だったと思います。そこから一つの特許を起点に積み重ねてきました。
ー特許を取るにあたって大変なことはありましたか。
基本的には、現場で出てきたアイデアを形にすることが重要で、いい案だと思えばすぐまとめてできるだけ特許につなげるようにしています。過去には下請け時代に他社に特許を取られてしまった経験もあったため、新しいアイデアについては弁理士に相談し、調査した上で申請するようにしています。費用としてもそこまで大きな負担はありません。
ーホニックはどんな業界の会社ですか。
段ボール製造メーカー業界です。王子グループの「王子コンテナー」や「レンゴー」、日本の主要な段ボールメーカーである「トーモク」「日本トーカンパッケージ」「大和紙器」「森紙業」「ダイナパック」にもホニックの製品が導入されています。それらのお客様が展開する工場は全国にあり、海外にも工場があります。現在はマレーシア、インド、ベトナムなどで海外展開が進んでいます。海外展開は今後さらに増えていく見込みです。
お客様・パートナーとの関係
ーお客様からの評価を教えてください。
「ホニックさんなら大丈夫だよね」と言っていただけることが多いです。初めての検査装置の導入でも「任せられる」と思ってもらえることは大きいです。実際に導入したお客様からは「性能がすごい」と評価いただくことが多くあります。他社製品から切り替えた際に、その違いを実感していただくこともあります。
ーどんな企業とつながりたいですか。
機械屋さんと電気工事会社は特に重要なパートナーです。自社だけでは完結できない部分があるため、そこは長年協力していただいている会社様との関係は欠かせません。
ー求める技術や企業はありますか。
システムを理解し、一緒に考えてくれる会社様と共に仕事をしたいと考えています。一方的ではなく、技術者同士が対等に協力できる関係が理想です。
ーパートナー企業に提供できる強みは何ですか。
小さい会社だからこそ、一緒に考え、一緒に作るという姿勢があります。一方的に指示するのではなく、協力しながら進めていくことができます。
健康経営と、これからのビジョン
ー今後のビジョンを教えてください。
1年後、今ある海外の仕事をしっかりやり切ることで社員に自信を持ってもらうこと。3年後は、新しい社員を受け入れられるくらい会社を強くしたいと考えています。5年、10年後は、今いる社員とこれから入る社員が、事故なく健康に、そしてやりがいを持って働ける会社でありたいと思っています。
ー健康経営優良法人を取得されたきっかけは何ですか。
優良法人ができる前に、実はすでに健康経営には取り組んでいまして。社員が出張での外食が理由で太ってしまい、健康面に課題が出たことがきっかけです。
産業医からの指摘もありこれはまずいと感じ、目標達成できたら商品券を贈呈するなどご褒美形式のダイエットの取り組みや健康施策を始め、自然と健康優良法人の申請につながりました。
私の昇進の度に「私がひとつずつ仕事を引き継ぐね」と言ってくれた事務員(写真右側:上原)が健康経営アドバイザーを含め多くの健康に関する資格を取り、健康促進管理者としてフォローしてくれています。2017年から継続して認定を受けられているのも彼女のおかげです。
ー健康経営に取り組んで、社内にどんな変化がありましたか。
健康経営の取り組みが、社内コミュニケーションのツールになっています。部署を越えて話すきっかけになり、社員同士のつながりが強くなりました。
ー最後に、皆さんへ伝えたいことをお願いします。
技術力だけでなく人の力も当社の大きな魅力です。日々の積み重ねの中で、社員が安心して働き、技術が活かされ、成長してきた当社の姿をぜひ感じてほしいと思います。