nobodyknows+
ノリ・ダ・ファンキーシビレサス
「これしかない」ではなく、「これが一番好き」でいい——音楽を続ける先で見つけた、次なる挑戦
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同級生との出会いから始まったラップ
Q. 音楽を始めたきっかけを教えてください。
きっかけは、高校の同級生です。
ヒップホップのような音楽を好きになったのは、中学生の頃でした。ただ、30年ほど前のことなので、周りには同じような音楽を聴いている人がほとんどいなかったんです。中学校では、共通の趣味を持つ友達には、なかなか出会えませんでした。
それが高校に入ってから、同じように音楽が好きな友達ができたんです。その友達と「せっかくだから、何かやろうか」という話になり、ラップを始めました。
それが、音楽を始めたきっかけですね。
Q. この道で生きていこうと決意した瞬間はありましたか?
不思議なもので、正直、まだないんですよね。今もたぶん、ないと思います。
「これで食べていこう」と思ったこともありません。音楽は、僕にとっては趣味なのかもしれませんね。
Q. アーティストとしての活動も、趣味の延長線上にあるのでしょうか。
そうですね。
僕は、有名になることや、音楽を職業にすることを目標にして始めたわけではなかったんです。
Q. 「nobodyknows+」に参加した当時、どのような未来を思い描いていましたか?
僕は、「nobodyknows+」というものがすでにあった状態で、後から入ったメンバーなんです。
ですから、参加した当時に思い描いていた未来というものも、特になかったですね。売れることや、音楽でご飯を食べること、音楽を職業にすることは考えていませんでした。
未来について、あまり考えたことがなかったのかもしれません。その都度、その都度、楽しくやれればいい。そんな子どものような感覚のまま、活動してきたところがあります。
Q. 子どもの頃の自分に現在の姿を見せたら、どのような反応をすると思いますか?
今の自分が子どもの頃の自分に言うのであれば、「もっとちゃんとしなさい」と言うと思います。
逆に、子どもの頃の自分が今の僕に何かを言うとしたら、「まあ、いいんじゃない?」くらいではないでしょうか。
“その都度、その都度、楽しくやれればいい。そんな子どものような感覚のまま、活動してきたところがあります。”
転機と、ヒットの中で感じていたこと
Q. 人生の中で、最も大きな転機になった出来事は何でしょうか。
音楽に関しては、昔から「なるようになる」と思いながらやっています。今もその感覚は変わっていません。そのため、音楽活動の中には、転機らしい転機はあまりないのかもしれません。
おそらく、「nobodyknows+」に入ったことは、一つの大きな出来事だったのだと思います。ただ、それも「なるようになる」という感覚でやってきました。
一方で、農業に触れたことは、自分にとって転機だったのかもしれません。それが現在につながっていますし、今、自分がやりたいと思っていることでもあります。
農業に出会ったのは、20代後半の頃だったと思います。
Q. ヒットを経験したことで、人生や価値観は変わりましたか?
価値観は、あまり変わっていないのかもしれません。
幸い、僕はずっと名古屋にいました。東京へ移ることもなく、周りの環境も、自分たちがやることも大きく変わりませんでしたので、それが良かったのではないかと思います。
今振り返ると、ありがたかったと思うことはたくさんあります。ただ、当時は本当に何も思っていなかった気がします。どこか他人事のように感じていましたし、「自分がやった」という感覚もありませんでした。
そのため、ヒットによって何かが変わったという実感は、あまりなかったんです。
ただ、今振り返ると、傲慢にはなっていたと思います。それらしい下積みを経験したわけでもなく、特別な努力をしたという意識もないまま、そのような状況になりました。
なので、何でも自分の思い通りになるくらいに思っていたのかもしれません。
“音楽とは別の新しい目標を見つけたというより、目標らしい目標を、そこで初めて見つけた感覚なのかもしれません。”
1年の休みと、農業との出会い
Q. 活動の中で、苦しかった時期はありましたか?
苦しい時期は、たぶんあったのだと思います。
セカンドアルバムを出した後、1年間ほど休みをもらった時期がありました。「1年間、何もしなくていい」と言われて、急に時間ができたんです。
その時間は、自分について考える時期になりました。そして、ちょうどそのタイミングで農業に出会いました。
僕は趣味で音楽を始めて、それが気づけば大きな活動になっていました。もちろん、その都度、自分の意思で選んではきました。ただ、「本当にこれがやりたくて、今こうなっているのだろうか」ということが、よく分からなくなってしまったんです。
音楽でご飯を食べるという明確な目標を持ち、そこを目指して進んできたわけではないので、自分がどこへ向かっているのか分からなくなったことは、結構苦しかったのかもしれません。
そんな時に農業に出会って、「そうか」と思ったんです。
自分が食べるものについて、自分では責任を持てていない。それに気づいて、「そういうことを自分でやってみたい」と思うようになりました。
そこから、農業に深く入り込んでいきました。
音楽とは別の新しい目標を見つけたというより、目標らしい目標を、そこで初めて見つけた感覚なのかもしれません。
「農業でご飯を食べたい」と思うようになったことが自分にとっては、大きかったですね。
Q. 音楽を辞めようと思ったことはありますか?
それは、ないですね。
音楽は、これからもたぶんずっと続けていくのだと思います。どのような形であっても、何かしら音楽に関わっているのではないでしょうか。
音楽は、自分の中心にあるものだと思います。なくなることはないので、「辞める」ということもないでしょうね。
表に出て活動しているかどうかや、音楽がお金につながっているかどうかは関係ありません。それとは別の形で、何かをやっているかもしれません。
Q. 当時の自分に声をかけるとしたら、何を伝えますか?
「ちゃんと社会を見なさい」と言いたいですね。
あとは、「お金の管理は、しっかりしなさい」と伝えたいです。そうしていれば、もう少しまともな生活が送れたかもしれません。
それと、「もう少し社会と接点を持った方がいいよ」とも言いますね。
“台本があるわけではありません。その瞬間に生まれた出来事を、来てくれた人たちと共有できる。それが、ライブの醍醐味だと思っています。”
曲づくりと、続けてこられた理由
Q. 曲を作る上で、大切にしていることは何でしょうか。
大切にすることは、少しずつ変わってきている気がします。
今の時点で大事にしているのは、自分の作ったものが、曲やグループの全体像にきちんと合っているかどうかです。バランスを取ろうとしているのかもしれません。
全体のことを考えるリーダーがいるので、そこに合わせていくことも意識しています。
ただ、そういう時期を経て、最近は結局、あまり何も考えていないのかもしれません。
とりあえず書く。とりあえず作る。そして、全体に合っていればいい。そのような感覚になってきています。
考えすぎても、あまり良いものはできない気がするんです。
Q. 長く活動を続けられている理由は、何だと思いますか?
辞めるきっかけがないだけではないでしょうか。
辞める理由もないんです。いつ辞めてもいいのかもしれませんが、辞める理由がないということが、一番大きいのだと思います。
過去には、辞めるタイミングもあったのかもしれません。「ここで辞めておけば、一番きれいだった」という時期があった可能性もあります。
ただ、それも何となく過ぎてしまいました。そして気づいたら、「もう辞める理由がなくなった」という状態になっていたんです。
今もライブの仕事をいただいていますし、「辞める理由がないな」と思いながら続けています。
むしろ最近は、若い頃よりも仕事としての感覚が出てきたかもしれません。ライブでも、「ちゃんと仕事ができているな」「仕事をして帰ろう」と思います。
若い頃は、地方のライブで泊まりになれば、「遊ぼう」となっていました。今はもう、そういうこともなく、早く帰りたいと思います。
そういう意味でも、「これは仕事なんだな」と感じますね。
Q. 「nobodyknows+」らしさは、どこにあると思いますか?
それも、あまり考えたことがありません。
あえて言うなら、メンバー全員が、好きなものも、向いている方向も違うことではないでしょうか。
同じものを好きな人が、誰もいないんです。
Q. 売れること以上に、大切にしていることはありますか?
面白さではないでしょうか。そこは、昔から変わっていないと思います。
そもそも、狙って売れるものが本当にあるのだろうかとも思います。
もちろん、売れたいと思って活動している人たちは、その目標に向かって頑張ればいいと思います。
僕の場合は、それよりも面白さを大切にしていますね。
“「これしかない」ではなく、「これが一番好き」と考えることです。”
ライブという、その場でしか起きないもの
Q. ライブを通して、お客様に届けたいものは何ですか?
僕がライブで一番大切にしているのは、お客さんに対して何かを伝えようとすることよりも、「このメンバーをどう困らせようか」「どうやって笑わせようか」と考えることかもしれません。
僕たち自身が楽しんでいる姿を見て、お客さんにも楽しんでもらえたらいいと思っています。
もちろん、仕事としてステージに立っています。ただ、ライブですから、その場所でしか起きないことを起こしたいと思うんです。
台本があるわけではありません。その瞬間に生まれた出来事を、来てくれた人たちと共有できる。それが、ライブの醍醐味だと思っています。
そういうところを楽しんでもらえたらうれしいですね。
Q. ステージを降りた普段のノリさんは、どのような人ですか?
自分では、あまり考えたことがありません。
それは、周りの人が決めてくれればいいと思っています。
Q. 最近、心が動いた出来事を教えてください。
プロレスのトークイベントを、もう6年ほど続けています。
前回は、ちょうど七夕の日に開催しました。長く続けてきたことで、少し甘えもあったのかもしれませんが、その時に初めて、「みんなで妄想しよう」というような企画を行ったんです。
普通は、お客さんからお金をいただいてやるような内容ではないと思います。ただ、「1回くらい、いいんじゃないか」というノリで実施しました。
すると、予想以上に盛り上がったんです。
会場のライブハウスのオーナーも、「何をやっているんですか。人からお金を取って」と呆れていました。それくらい、くだらない内容だったのだと思います。
ただ、久しぶりにイチかバチかで考えた企画がうまくいったことは、うれしかったですね。
オーナーからも、「この企画は年に1回やろう」と言ってもらいました。
成立したのは、お客さんのおかげです。皆さんが温かく、僕たちに対して好意的に受け止めてくれたからこそ、できたことだと思います。
企画を考えている時はワクワクしていましたが、ミーティングの翌日になると、「これは良くないのではないか」「イベントでやることではないよな」と迷いました。
それでも、「やろう」と押し切って良かったと思っています。
イベント自体は、なかなか広がりを見せていません。ただ、今年は神取忍さんをゲストに呼ぶことができました。それは本当にうれしかったです。
一段、ステージが上がったような感覚がありました。
Q. 落ち込んだ時や悩んだ時は、どのように気持ちを切り替えていますか?
ある程度までは考えます。ただ、そこから先は考えないようにします。
落ち込むということは、何か失敗したり、良くないことをしたりしたのだと思います。でも、次から同じことをしなければいい。
やってしまった時間は戻ってきません。そこは仕方がないので、蓋をします。そして、次に楽しいことを考えるようにしています。
“「これしかないから続けた」のではなく、「これが一番好きだったから、こうなりました」と言える形が、一番いい。”
感謝と、名古屋という街
Q. 一番感謝している人と、その理由を教えてください。
感謝している人は、たくさんいます。いろいろな人に、感謝してもしきれません。
現在の自分にとって特に大きいのは、グループのリーダーと妻ですね。
リーダーは、今の僕を導いてくれている部分があります。これから自分がどうなっていくのかというところでも、助けてもらっています。
妻は、僕の無茶苦茶な考え方を矯正して、まともにしてくれた人です。それは、今も変わりません。
二人に共通して言えるのは、僕に社会性を持たせてくれたということです。
これから生きていく上で大切なものを、きちんと授けてくれた。本当にありがたいと思っています。
Q. 名古屋という街は、ノリさんにとってどのような場所ですか?
名古屋は、僕にとってとても大切な場所です。
だからといって、ほかの地域と比べて、どこが優れている、どこが劣っているという考え方はしていません。
仮に、どこかへ引っ越さなければならなくなったとしても、行くことはできると思います。ただ、これまで名古屋を出たことがないので、ほかの土地で暮らすことがあまりイメージできないんです。
名古屋は、本当に使い勝手が良く、何でもそろっている街だと思います。
これからの挑戦は農業——「これが一番好き」でいい
Q. これから挑戦してみたいことはありますか?
これから挑戦したいことは、やはり農業です。
農業に関わることで、ようやく、まともな社会人として人と対等に向き合える機会をいただいたような気がしています。
その社会の中で、しっかりと泳いでいけるようになりたいです。
僕の場合、それが農業だったということなのですが、農業を通して、何かをきちんと残せるようなことをやりたいと思っています。
それが今、一番の楽しみであり、挑戦ですね。
Q. 10年後、アーティストとしてどのようになっていたいですか?
未来のことは分かりません。
ただ、10年後に「久しぶりに新曲が出る」となった時、「あいつら、まだやっていたんだ」と思われるような活動ができていたらいいですね。
あとは、夢を言うのは自由ですから、10年後には農業がかなりうまくいっていて、大成功していると思います。
「これでもか」というくらい、具体的にどのように成功しているのかを言えたらいいのですが、今はまだ分かりません。
ただ、とにかく農業で成功しているでしょう。
Q. 音楽を目指す若い世代、そして読者の皆さんへメッセージをお願いします。
僕の場合は、結構珍しいケースだと思うので、すべての人に当てはまるかどうかは分かりません。
そもそも僕自身、有名になりたい、音楽でご飯を食べたいと思って始めたわけではありません。そのため、そこを目指している人たちに、どこまで参考になるかは分かりません。
ただ、今は、誰よりもそれが好きだと思い込んで取り組むことが大事なのかなと思います。
その時に、「これしかない」ではなく、「これが一番好き」と考えることです。
「これしかない」と思ってしまうと、苦しくなる気がします。逃げ場がなくなって、きつくなってしまう。
でも、「これが一番好き」なのであれば、2番目に好きなものがあってもいいんです。
そういうふうに考えられたら、自ずと道は開けていくのではないでしょうか。
逃げ場は、常にあっていいと思います。逃げてもいい。
「これしかない」ということは、世の中にはないと思うんです。
「これしかないから続けた」のではなく、「これが一番好きだったから、こうなりました」と言える形が、一番いい。
僕は、そう思います。
そんな気持ちで、取り組んでもらえたらいいのではないでしょうか。