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愛知県スポーツ

NPO法人プライズアウト

代表 樋口 明日美

スポーツの先に、10年後・20年後へ残るものを。——子どもたちの「点」を増やし、挑戦する未来を支える

NPO法人プライズアウト 代表 樋口 明日美

部活動がなくなる中で——NPO法人プライズアウトの立ち上げ

Q. NPO法人プライズアウトを立ち上げたきっかけを教えてください。

私は2022年まで名古屋市の高校で教員をしていました。だんだん、部活動がなくなっていくことが決まる中で、教育を支えてきた部活動の役割は大きいと感じ、地域で陸上クラブと、子どもたちがスポーツに取り組める場所をつくろうと、NPO法人プライズアウトを立ち上げました。

私自身も、ずっと陸上競技を続けてきました。中学校で初めて部活動に入り、先生に支えてもらいながら競技に取り組みました。その後も高校、大学と、たくさんの人に支えてもらったからこそ競技を続けることができました。

自分に競技を始めるきっかけがあり、多くの人が支えてくれたことが、今の活動につながる原体験になっています。

Q. 会社ではなく、NPOという形を選んだ理由は何だったのでしょうか。

NPOという形そのものに、大きなこだわりがあったわけではありません。立ち上げ当時は公務員で、副業やほかで収入を得ることができなかったため、非営利の教育事業として始める形を考え、NPOを選びました。

Q. 活動を始めた当初から、大切にしていたことを教えてください。

始めた当初から変わらず大切にしているのは、スポーツだからといってスキルだけに特化しないことです。今、足が速くなることだけを目指すのではなく、スポーツを通して何を学び、10年後、20年後に何を残せるかを見ています。

もちろん陸上クラブですから、走り方を教え、タイムを測り、競技力を高めることにも取り組みます。ただ、50メートルを何秒で走れるかという力が、そのまま何十年も残るとは限りません。

30歳、45歳になったときに残るものは、物事に向き合う姿勢や、時間を守ること、人に礼を尽くすことではないかと思っています。なので、足を速くすることやスキルを身につけることだけではなく、その先に何を残せるのか。それが活動の軸です。

Q. 立ち上げに対して、周囲から反対や不安の声はありましたか。

直接、反対や不安を伝えられたことはありませんでした。心配していた人はいたかもしれませんが、話した人はみんな応援し、私がやろうとしていることを信じてくれました。

なので、乗り越えたというより、感謝しかありません。

30歳、45歳になったときに残るものは、物事に向き合う姿勢や、時間を守ること、人に礼を尽くすことではないかと思っています。

最も苦しかった2023年——支えになったのは、自分の信念

Q. 経営者として、最も苦しかった時期はいつでしたか。

一番苦しかったのは2023年です。2022年に立ち上げ、最初の1年は何も分からないまま、とにかくできることをやってみました。

ただ、2年目に入り、「このままではビジネスとして続けていけない」と気づきました。できることを一生懸命やっていれば、いつか何とかなるというものではないと思い、経営を真剣に学ぶため、あるプログラムに参加しました。

そこで、自分の思いを言葉にできないことや、考えが相手に伝わらないことに向き合いました。当時は私一人で、スタッフもいませんでした。どうすれば人に協力してもらえるのかを考える中で、自分自身のあり方や人格まで見つめ直した、最もしんどい一年でした。

Q. その時期を支えたものは何だったのでしょうか。

一番の支えは、自分の信念だったと思います。

今が苦しいからやめてしまうことと、自分の信念を曲げてしまうことのどちらが自分にとってつらいかと考えたとき、私にとっては信念を曲げる方がつらかったんです。

ビジョンを持ち始めた以上、自分が本当に「これでやり切った」と思えるまでは絶対に続けようという気持ちが、根本の支えになりました。

同時に、未熟な私が同じような失敗を繰り返しても、根気よく支え、何度でもサポートしてくれる人がいました。そうした人たちの存在があったから、続けてこられたのだと思います。

今が苦しいからやめてしまうことと、自分の信念を曲げてしまうことのどちらが自分にとってつらいかと考えたとき、私にとっては信念を曲げる方がつらかったんです。

「拡大しない」という決断——意思決定の基準

Q. これまでで、大きな意思決定だったと感じることを教えてください。

経営は意思決定の連続なので、周囲から見れば小さなことでも、自分にとっては勇気を持って決めたことがたくさんあります。

その中で最近、特に大きかったのは、陸上クラブのクラス数や展開する拠点を拡大しないと決めたことです。

市外、県外、さらに全国へ拠点を増やす考え方もあると思います。ただ、活動の根本には、部活動がなくなることで、10代の子どもたちが課外活動から学ぶ機会まで失うことへの問題意識があります。

私たちのクラブが多少広がっても、その社会課題自体の解決にはならないと考えました。

そこで、クラブは今支えてくださる地域の方々にとって、より良い場所になるよう活動を深めていく。一方、部活動の地域展開には、クラブを増やす方法とは異なる形で向き合うと決めました。

Q. 意思決定をするとき、何を判断基準にしていますか。

一番は、自分が掲げているビジョンに反していないかどうかです。今支えてくれているスタッフを裏切ることにならないかという点も、もちろん考えます。

ただ、最終的には、自分が本来やりたかったことから外れていないかを大切にしています。

教員を辞めずに続けていれば、生活に困ることはなかったかもしれません。それでも、辞めてまでやりたかったことがあります。その思いをなくしたら、辞めた意味がない。

だから、本来やりたかったことに反していないかを判断基準にしています。

Q. 経営者になって、変化した価値観はありますか。

数字を見るようになったことは、大きな変化です。

ビジョンや理念はとても大切ですが、一方で、数字として結果を出さなければ、守りたいものも守れませんし、進めたいことも進められません。

スポーツをしていたので、結果が大切だという価値観はありました。ただ、数字への責任感は、経営者にならなければ身につかなかったと思います。

「時間」「道具」「基本」「礼」。こうした姿勢は、大人になっても残るものだと思います。

「時間」「道具」「基本」「礼」——大人になっても残るもの

Q. 子どもたちに伝えている、プライズアウトの信念を教えてください。

クラブでは、子どもたちに毎回伝えているクレドがあります。それが「時間」「道具」「基本」「礼」の四つです。この四つを大切にする時間にしようと伝えています。

足が速くなれば、靴のかかとを踏んでいてもいいわけではありません。競技で使う道具を丁寧に扱い、派手な技術だけでなく、地味なドリルや基本に集中することも大切です。

時間を守ること、道具を大切にすること、基本をおろそかにしないこと、人への礼儀を大切にすること。こうした姿勢は、大人になっても残るものだと思います。

だから、子どもたちに繰り返し伝えるだけでなく、自分自身もできているかを常に振り返っています。

Q. 子どもたちや家庭と関わるうえで、心がけていることはありますか。

私たちは福祉ではなく教育事業なので、「支援を必要としている人に接する」という表現とは少し違うと感じています。

子ども自身は今のままでいいと思っている場合もありますし、保護者の方は、もう少しこうした部分を指導してほしいと思っている場合もあります。

人と人との関わりですから、相手がどう受け取るかは、どこまでいっても完全には分かりません。私たちの指導が正しいか、成長の役に立ったかについても、すぐに答え合わせができるものではありません。

だからこそ、私たちが何を大切にし、なぜその言葉を伝え、なぜその指導をしたのかを、まっすぐ説明できることを大切にしています。

相手には必要のない一言だったかもしれません。それでも、信念を持たずに指導するのが一番良くない。私たちなりに必要だと考えた理由を、きちんと話せることが重要です。

また、子どもや家庭によって困りごとは異なります。私たちにできることと、できないことを分け、陸上クラブとして関われる範囲を定めた上で、その中で最大限寄り添うようにしています。

失敗への不安ではなく、自分が見たい景色を目標にしていい。挑戦し続けていい。

理念に共感した人が集まる、コミュニティとしての強み

Q. NPO法人プライズアウトならではの強みは、どこにあると思いますか。

最近、活動が少しずつコミュニティになってきていると感じています。

理念やビジョンを掲げ続けてきたことで、そこに賛同し、共感してくれる人が集まってきました。子どもたちに何を残せるかという同じ視点を持った大人たちが横につながり、私一人ではできなかったことが、できるようになっています。

例えば、接骨院の先生が週に一度ほどクラブに来て、子どもが痛みを訴えた際にアドバイスや施術をしてくださいます。暑い時期には、保護者の方がポータブル扇風機を持ってきてくださることもあります。

価値観に共感する人が集まり、「自分にできることをやります」と協力してくださる。これは単純に人を集めるだけでは生まれません。

スポーツクラブでありながら、教育者でありたいという視点でスタッフ全員が子どもたちに接していることも強みです。

Q. スタッフやボランティアの皆さんに、伝えたいことはありますか。

感謝です。伝えても伝えても、伝えきれないほど感謝しています。

私の至らない部分を、何も言わずに支えてくれますし、スタッフの方から「もっとこうしたい」「こういう方法がいいのではないか」と提案してくれることもあります。

私一人ではできないことを、みんなが実現してくれています。だからこそ、本当にありがたいですし、気持ちとしては「ずっと一緒にやろうね」と伝えたいです。

私たちの仕事は、子どもたちの人生に、その「点」を増やすことだと考えています。

部活動の地域展開という社会課題に、ゼロから向き合う

Q. 現在、大きな社会課題だと感じていることを教えてください。

部活動の地域移行、今は地域展開とも言われていますが、そこに大きな課題を感じています。地域展開そのものが悪いということではありません。

ただ、10代の子どもたちはこれまで、言葉で教えられるだけではなく、部活動というコミュニティやグループに所属することで、多くのことを体感してきたと思います。

人のあたたかさや仲間意識、感謝の気持ち、悔しさや孤独など、体験しなければ得られない感情があります。部活動がなくなることで、そうした感情を育てる場所が大きく減るのではないか。

その機会を、別の形でもつくる必要があると考えています。

一方で、この課題に向き合うには行政との関わりも必要になります。縦割りの行政の中で、どのように連携していくか。プライズアウトとして社会や行政とどう関わるか、あるいは新たな事業としてどう社会に関わっていくかは、とても難しい部分だと感じています。

Q. 課題の解決に向けて、これから取り組みたいことはありますか。

USアスリートクラブを拡大しないと決めたため、クラブそのものを増やすことで社会課題にアプローチする考えではありません。

今は、陸上クラブとはまったく異なる新しい事業で、部活動の地域展開という課題に一から向き合おうとしています。まだすべてをお話しできる段階ではありませんが、まさにゼロから取り組んでいるところです。

新しい挑戦には、クラブを立ち上げたときと同じような苦しさがあるかもしれません。それでも、この課題に対しては力を入れていきたいと思っています。

同時に、クラブも地域の方々にとって良い場所であり続けなければなりません。拠点やクラスの数を増やす成長ではなく、活動の深さという意味で成長し続ける必要があります。

なので、選ばれ続けるために、今ある場所をより良くしていきたいです。

Q. 最近、心を動かされた出来事はありましたか。

たくさんありますが、特にクラブの子が、試合で思うような結果を出せなかったことがありました。そのとき、一人の中学生に自分がどう向き合うべきかを改めて考え、反省しました。

日々子どもたちと接する中でも、指導する側として考え続けることが必要だと感じています。

また、強い理念を持つ人や尊敬できる方と話し、自分になかった視点に気づいて、改めて頑張ろうと思うこともあります。

京都で開催されたスタートアップのイベント「IVS」に参加したときには、ゼロから何かを生み出そうとしている人が、世の中にこれほどたくさんいるのだと、実際にその場で感じました。それも、自分がもう一度頑張ろうと思えた出来事の一つです。

子どもたちの「点」を増やす——挑戦する未来を支える

Q. 10年後、プライズアウトがどのような団体になっていたら、成功だと思いますか。

私以外の人が理念を引き継ぎ、運営していたら、大成功だと思います。

理念を引き継ぎ、「この活動を残していきたい」と思ってくれる人が現れたら、社会にとって意味のあることを始められたのだと感じられると思います。

10年後に限らず、いつかは誰かに引き継いでもらえる団体になっていたらうれしいです。

また、プライズアウトを通して関わった子どもたちが大人になったとき、誰もやったことのないことに挑戦する人になっていたら、それも大成功です。

多くの人が無理だと思っていたことに一石を投じる人や、今の私には分からない社会課題に向き合う人が育ってほしいと思っています。

時々、「人類で初めて火星へ移住する人が、うちのクラブから出たらいい」と話します。それくらい、誰もやったことのないことに挑戦する人が育ってくれたらうれしいです。

Q. その未来を実現するために、今、最も必要なことは何でしょうか。

大切なことを、子どもたちに一貫して伝え続けることです。「時間」「道具」「基本」「礼」を大事にすることに加えて、チャレンジすることの価値も伝え続けたいと思っています。

「チャレンジが大事」とよく言いますが、何度も挑戦した経験は意外と少ないと思います。「達成できなかったらどうしよう」ではなく、自分が本当に見たい景色は何かを考え、そこから挑戦を決めてほしいです。

失敗への不安ではなく、自分が見たい景色を目標にしていい。挑戦し続けていい。そして、挑戦すること自体に大きな価値がある。

そうしたことが子どもたちに伝われば、私が思い描く未来に近づいていくと思います。

私自身も、怖くなったり、不安になったり、自分には無理かもしれないと思ったりすることがあります。それでも、口で伝えるだけではなく、自分自身が挑戦する姿勢を示していきたいです。

そして、子どもたちの挑戦を本気で肯定していきたいと思っています。

Q. 最後に、NPO法人プライズアウトの活動に関わる方、これから関わりたいと考えている方へメッセージをお願いします。

これからは、学力だけでなく、自分で考える力がより一層必要になると思っています。

言われた通りにきちんと取り組むことも大事ですが、自分が何をしたいのかを分かっていることも、とても大切です。そうした力が子どもに必要だと感じる方には、ぜひ一緒に取り組んでいただきたいです。

私は、陸上クラブを通して、子どもたち一人ひとりの未来を支えているという気持ちで活動しています。単にスポーツクラブを支えるのではなく、一人ひとりの未来に関わるものとして活動を見てもらえたらうれしいです。

人生の出来事は、一つひとつが点のようなものです。その時には意味がないように感じても、10年後に知識が役立ったり、以前出会った人との縁がつながったりすることがあります。

その点が多いほど、未来につながる可能性も増えると思います。

私たちの仕事は、子どもたちの人生に、その「点」を増やすことだと考えています。点と点がつながるのは、何十年も先かもしれません。

それでも、今、さまざまな経験の点を増やしていくことが、一人ひとりの未来を豊かにすることにつながると信じています。

その考えに共感し、子どもたちの点を増やす活動を一緒に支えてくださる方と、これからも歩んでいきたいです。

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