一般社団法人スクラム
代表 長江 有祐
誰にでも、輝ける場所がある——ラグビーから学んだ「自分で考え、行動する力」
ラグビーとの出会いと、プロップへの転向
Q.ラグビーを始めたきっかけを教えてください。
高校に入った時は、ラグビーをするつもりは全くありませんでした。小学校、中学校とバスケットボールをやっていたので、高校でもバスケットボール部に入るつもりだったんです。
ですが、学業のコースの関係もあって、結果的にバスケットボール部には入れませんでした。それでも何か部活動はしたいと思っていたところ、夏休み前にラグビー部と出会いました。
「このままだと夏休みが暇になるのが嫌だな」という、本当にそれくらいの感覚で入部したので、ここまでラグビーを続けるとは全く思っていませんでした。
入部して数週間後には、練習試合に出ることになりました。相手は愛知県の中学生でした。僕はルールも全く分かっていなかったのですが、「ボールを持ったら、まっすぐ突っ込めばいいから」と言われて試合に出ました。
ところが、最初のプレーで思い切りボールを落としてしまったんです。その時に「中学生にビビっているのか」と怒られました。
そこで、自分の中にスイッチが入ったのだと思います。「ビビっていては駄目だ」「やらされていては駄目なんだ」と気づきました。もともと負けず嫌いだったこともあり、「中学生に負けていられない」と本気で取り組むようになりました。
Q.ポジションを、バックスからプロップへ転向されています。どのような変化がありましたか。
もともとはバックスでプレーしていて、ボールを持ってチームを前に進めることや、ディフェンスを頑張っていました。ただ、足の速い相手を止めなければならない一方で、僕自身はそれほど俊敏なタイプではありませんでした。当時の体重は60キロ台で、今とは全く違う体格でした。
そして、プロップへ転向してからは、スクラムを組む最前線で仲間を支える役割になりました。自分が下がれば、チーム全体も下がってしまいます。フォワードは体を張り続け、仲間のためにどれだけ仕事量を増やせるかが問われるポジションです。
結果的には、自分の性格にも合っていたのだと思います。バックスからフォワード、そしてプロップへの転向を勧めてくださったコーチには、今でも感謝しています。その転向がなければ、日本代表にもなっていなかったと思います。
“「ビビっていては駄目だ」「やらされていては駄目なんだ」と気づきました。”
恩師と父の言葉——「途中でやめるなよ」
Q.ラグビー人生の原点となった恩師や、今も残っている言葉はありますか。
恩師という意味では、高校で僕をラグビーへ導いてくださった宮地先生です。
バスケットボール部の見学に行き、「入れないんだ」と思いながら体育館を出た時、たまたま宮地先生と出会い、そのままラグビー部へ連れていかれました。
宮地先生自身にはラグビー経験がありませんでしたが、僕たちが強くなれるように、さまざまな地域へ連れていってくださいました。レベルの高い高校と対戦する機会をつくっていただき、その中で関西の大学の監督の目に留まり、京都産業大学へ進学することができました。
当時の僕たちの高校は、全国的に名前を知られている学校ではありませんでした。だからこそ、いろいろな場所で挑戦させてもらったことが、新しいご縁につながったのだと思います。
もう一つ、今でも残っているのは、父親から言われた「途中でやめるなよ」という言葉です。
高校ではバスケットボール部に入るつもりだったので、新しいバスケットシューズも買ってもらっていました。それなのに数カ月後、突然「ラグビー部に入ろうと思う」と伝えたので、両親は驚いたと思います。
父親は「お前にはラグビーが合っていると思う。やってみたらいいんじゃないか。でも、途中でやめるなよ」と言いました。おそらく高校3年間は続けろという意味だったと思いますが、その言葉がずっと残り、今でもラグビーに関わっています。
「中途半端なところではやめられない」「最後までやり切りたい」という思いは、そこから来ているのかもしれません。
“そこからは、「低さを強みに変える」と決めました。”
日本代表への道——身長の壁を越えて
Q.日本代表を本気で目指すようになったのは、いつ頃ですか。
大学時代に、21歳以下や23歳以下の日本代表でプレーする機会をいただきました。高校日本代表には全く関わっていませんでしたが、大学で頑張っているうちに声をかけていただきました。
ただ、その時は代表に選ばれたことで、どこか満足してしまっている自分もいました。卒業後に入団する東京の社会人チームも決まっていたため、「社会人チームで頑張ろう」というくらいの気持ちだったと思います。
ところが、23歳以下の日本代表で一緒にプレーしていた同世代の選手たちが、社会人1年目から日本代表に呼ばれ始めました。それを目の当たりにして、「自分も日本代表を目指したい」と本気で思うようになりました。
それでも、すぐに選んでもらえたわけではありません。当時は、身長が低いことを理由に、なかなか代表に選ばれませんでした。そこは明確に言われていました。
身長は努力しても伸ばせないので、「自分には無理なのかもしれない」と諦めかけた時期もありました。それでも日本代表になりたいという思いは消えず、所属チームで努力を続けました。
シーズンが終わった頃、所属チームの監督から呼び出され「何だろう」と思って行くと、「長さん、日本代表に選ばれたよ。おめでとう」と伝えられました。
その瞬間は、恥ずかしさもなく泣きました。
初キャップは、カザフスタンとの試合でした。日本代表のジャージを着て、日の丸と桜のマークを背負い、試合前に国歌を歌った時、「本当にここまで来たんだ」と感じました。まず日本代表になること自体が夢だったので、涙が出ました。
僕の場合は、そこで気持ちが高まり、試合へ向かうスイッチが入りました。最高の景色でした。
Q.小柄な体格で世界と戦うために、どのような強みを磨いたのでしょうか。
登録上は171cmでしたが、実際は169cmです。なんとなく小さな見栄を張っていました。
エディー・ジョーンズさんからは、「その身長だからこそできることもあるだろう」と言われました。そして、「日本人の成人男性の平均的な身長でも、日本代表として世界と戦える、憧れられる存在になりなさい」と言っていただきました。
それまで身長の低さを理由に選ばれなかった僕にとって、その言葉は本当にうれしいものでした。
そこからは、「低さを強みに変える」と決めました。世界の選手が嫌がるようなスクラムを組むことにもこだわりました。もちろん反則にならない範囲ですが、スクラムでは「チームのために負けない」「日本のために負けない」という思いで戦っていました。
それに加えて、世界の選手より身体が小さいからこそ、誰よりも動き、誰よりも働き続ける。それを自分の役割として決め、試合で結果を出すために、通常の練習だけでなく個人練習にも徹底して取り組みました。
“それでも僕は、「前例がないからこそ、やるのではないか」と思っていました。”
受け入れることから始まる——けがと挫折を越えて
Q.けがや挫折に直面した時、どのように乗り越えてきましたか。
まず、その状況を受け入れることです。
身長が低いという事実も、けがをしたという状況も、変えられない以上、まず受け入れなければ乗り越えることはできないと思っています。
身長を伸ばせないのであれば、それを受け入れたうえで、「では、ほかに勝てるところはないか」と考えるしかありません。
僕は昔から、疑問を持ち、自分なりに仮説を立てて行動することが好きでした。高校生の頃から、自分でトレーニングメニューを考えていました。
けがをした時も、「これには何か意味があるのではないか」「自分のケアが十分ではなかったのではないか」と考えます。そして、「こうすれば良くなるのではないか」「こうすれば壁を越えられるのではないか」と仮説を立て、全力で取り組んできました。
日本代表のキャリアにおいても、大きな挫折がありました。2012年から2015年の4年間、イングランドで開催されるワールドカップのために全てを捧げてきたのに、ワールドカップ直前合宿でけがをし、チームを離脱しました。
バックアップメンバーとしてワールドカップには登録されましたが、出場機会はなく、悔しい思いをしました。
その時に無理をして復帰しようとしたことによって大きな怪我に繋がり、約1年半、競技から離れることになりました。
とても辛い経験で、僕の中では人生のどん底にいる気分でした。
僕は2015年のワールドカップに出場したら、日本代表もプロのキャリアも終えて、中学生の頃からの夢である学校の先生になるつもりでした。
ただ、自分の望んだ結果や「やりきった」という達成感を得られなかったことで、「まだいろんな形で日本ラグビー界に貢献したい」という気持ちが生まれてきました。
大きなけがと悔しい経験があったからこそ、今もラグビーに関わり、さまざまな活動を続けられているのだと思います。挫折ではありましたが、自分の人生にとって大きな転機になりました。
“誰にでも、自分が輝ける場所がある。それが、僕の考えるラグビーの大きな魅力です。”
現役中の起業と投資——「前例がないからこそ、やる」
Q.現役中から起業や投資を始めた理由を教えてください。
一番は、シンプルに「やりたかったから」です。
ラグビー選手としてキャリアを重ねる中で、日本ラグビー界や、日本の教育、部活動の環境に対する課題が見えるようになりました。「ここは矛盾しているのではないか」「もう少し違う方法があるのではないか」と、自分なりに考えることが増えていったんです。
引退してから始めようと思っても、引退した時に同じ気持ちを持っているかは分かりません。自分の中では35歳くらいで引退することを何となく考えていましたが、そこから動き始めるのでは遅いと思いました。
そのため、気づいた時から今できることを始めようと考えました。プロ契約で現役を続けながら会社を設立し、さまざまな活動を始めました。
自分が実現したい世界について周囲に話すと、最初は「そんなことは無理だ」「前例がない」と言われ続けました。ラグビー以上に挫折を感じたかもしれません。
それでも僕は、「前例がないからこそ、やるのではないか」と思っていました。なので、自分が気づいた以上、これは自分の使命なのだと考えて動いていたところ、「面白い。一緒にやろう」と応援してくださる方と出会い、少しずつ道が開けていきました。
僕にとっての投資も、お金を増やすためというより、「応援」に近いものです。
僕自身、先輩や周囲の方々に支えていただきました。その中で、「次は、長江が夢を追いかける人を応援できるようになりなさい。それが良い循環を生む」と教えていただきました。
だから、自分も夢を追う人を応援できる存在になりたいと思っています。何でも応援するわけではありませんが、明確な理念があり、本当に世の中を良くしたいという思いがあるものには、できる限り力を貸したい。それが、現在の起業や投資という形につながっています。
“心や人生が豊かだからこそ、ラグビーにも集中できる。”
ラグビーの魅力——誰にでも、輝ける場所がある
Q.長江さんが考える、ラグビーの一番の魅力は何ですか。
ラグビーは、社会の構図とよく似ていると思っています。
例えば、会社の中には複数の部署があり、それぞれの部署には様々な人がいます。人が集まっている中で、それぞれに得意なことや苦手なことがあります。
それでも会社の目指す方向や各部署の目標に向かって挑戦していきます。
ラグビーにも15のポジションがあります。走ることが得意な人もいれば、力を生かすことが得意な人もいます。僕のようにパワーを使うプレーは好きでも、走ることやスピードは得意ではない選手もいます。
そして、ラグビーは、誰かの苦手を、別の誰かの得意で補いながら、一つの目標へ向かうスポーツです。
試合中にスペースを見つければ、見つけた誰かが声を出して伝えます。さまざまな意見が飛び交う中で、最終的に司令塔が判断してコミュニケーションをとり、プレーを続けていきます。チームとしての判断やコミュニケーションは正確さとスピードが必要で、その中でも個人の能力を活かした判断と行動は全員でサポートします。
誰かのとった行動を否定している時間はなく、その行動を正解にさせるために全員がその場で判断して行動します。全ては勝利というチームの目標のためであり、全員が仲間のために動きます。ラグビーは本当にその繰り返しなんです。
社会でも、自分たちの得意を生かしながら、部署や会社の目標に貢献できる組織は強いと思います。
一方で、監督から与えられたことしかできないチームは、僕の中では強いチームではありません。だから、中部大学ラグビー部でも、指導者の言いなりになる選手を育てないようにしています。大学の部活動は、学生自身がつくっていくものだからです。
誰にでも、自分が輝ける場所がある。それが、僕の考えるラグビーの大きな魅力です。
指導者として——楽しむこと、そして人生の豊かさ
Q.指導者として、選手に最も伝えたいことは何でしょうか。
まず、スポーツを楽しんでほしいと思っています。
多くの選手は、「楽しそう」「自分もやってみたい」という気持ちでスポーツを始めたはずです。しかし、いつの間にか勝つことだけが目的になったり、指導者の言いなりになったりしてしまうことがあります。
もちろん、勝つことは大切です。ただ、指導者にすべてを決められ、自分の発想を奪われた状態で勝っても、本当の意味では楽しくないと思います。
楽しむことは、「楽をすること」ではありません。勝つために努力することも、自分で考えることも含めて楽しむということです。
「自分はこういうプレーがしたい」「こういう強さを身につけたい」と考え、そのためにどのような練習やトレーニングをするのかを自分で決める。そういう選手はラグビーそのものを楽しんでいますし、社会に出てからも活躍できると思います。
技術以上に大切なのは、マインドセットです。「どんな選手になりたいのか」「自分はどうありたいのか」「チームをどうしたいのか」という考えがなければ、与えられた練習をこなすだけになってしまいます。
伸びる選手には、自分で考えて行動できるという共通点があります。分からないことがあれば、「僕はこう考えていますが、どう思いますか」と聞きに来ます。自分の現状を把握し、仮説を立て、行動へ移せる選手は成長していきます。
Q.勝敗以上に大切にしているものはありますか。
一人ひとりの人生の豊かさです。
大学は教育の場なので、勝つことだけがすべてではありません。勝つために、学生の生活をすべて管理し、さまざまなものを我慢させることが、教育として本当に正しいのかと考えています。
中部大学ラグビー部では、オンとオフの切り替えを大切にしています。「試合を頑張ったから、次の日を休みにする」という考え方ではなく、先に長期のオフを設定します。ゴールデンウイークやテスト期間、お盆などに休みをつくり、そこへ向かって集中して取り組みます。
休みがあれば、旅行へ行くこともできますし、新しい経験もできます。そのためにアルバイトをして、お金を貯めることもあるでしょう。ラグビー以外にも楽しみを持つことで、人生は豊かになります。
ずっとオンの状態でいることは、特に体育会系の人間にはありがちです。僕自身もそうでした。しかし、オンとオフを切り替えられないまま社会へ出ると、どこかで苦しくなってしまいます。
オフが充実している選手の方が、練習の質も高まると考えています。休みがない状態では、少しずつ練習の質も落ちていきます。
心や人生が豊かだからこそ、ラグビーにも集中できる。その環境をつくることは、勝敗以上に大切だと思っています。
Q.監督として、学生との関わりで大切にしていることを教えてください。
選手一人ひとりとコミュニケーションを取ることです。
60人、70人の選手全員と常に話すことは難しいですが、表情や顔色を見ながら、「今はこういう状態なのではないか」「こういうことを考えているのではないか」と感じ取ることを大切にしています。
選手として活躍したからといって、感覚だけで教えられるわけではありません。自分が無意識にできていたことを言葉にし、学生にも理解できる形で伝える必要があります。
同時に、日本代表やプロ選手だった頃の自分を、学生に押しつけてはいけないと思っています。自分がプロ時代に行っていた練習や個人トレーニングを、そのまま「これをやりなさい」と与えることはありません。
選手のことを本気で考え、「この選手が成長して笑顔になるためには、今どのような言葉を伝えるべきか」と考える。難しさもありますが、それが監督としての楽しさでもあります。
僕自身は、学生より上の立場にいるという感覚はありません。チームのことも、学生と話しながら決めていきます。
トップダウンで指示を出せば、指導者にとっては簡単かもしれません。しかし、それでは学生の何が成長するのかと思います。大学の部活動は学生のものです。学生自身が考え、行動し、チームをつくることに意味があると思っています。
関わるすべての人に、笑顔になってもらう——信念とこれから
Q.現役時代から一貫して大切にしている信念はありますか。
関わるすべての人に、笑顔になってもらうことです。
僕は、自分のためだけに頑張ることが得意ではありません。仲間のため、人のためという状況になると、力を出せるタイプです。
なので、現役時代も、自分が活躍すること以上に、チームで勝ちたい、仲間に喜んでほしいという思いがありました。今行っている活動も同じです。
もちろん、負けて笑顔になることは難しいので、勝つために努力します。チームが勝ち、みんなが笑顔になることが一番うれしい。その中で自分も活躍できたら、さらにうれしいという感覚です。
また、周囲の人に笑顔になってもらうためには、まず自分自身が楽しむことも大切だと思っています。監督が楽しんでいれば、学生も笑顔になりやすい。だから、指導する時も、自分が楽しんでいる姿を見せるようにしています。
Q.今後、中部大学ラグビー部をどのような存在にしていきたいですか。
「春日井をラグビーの街にしたい」というより、いつか自然にそうなったらいいと思っています。
自分から「ラグビーの街にしよう」と掲げるだけで変わるものではないと思います。まずは、自分が関わっている中部大学ラグビー部を最高の環境にすることが先です。
そこに応援してくださる人や企業が集まり、「中部大学ラグビー部と一緒に何かやりたい」と思ってもらえるようになれば、少しずつつながりが生まれていきます。
最終的に「中部大学が春日井にあって良かった」「中部大学ラグビー部があるから、この活動やつながりが生まれた」と思ってもらえたらうれしいです。部活動が街づくりの輪の一つに入ることには、大きな価値があると思います。
10年後には、放っておいても人が集まるような環境にしたいと考えています。高校生から「このラグビー部に入りたい」と思ってもらい、企業の方から「応援したい」と思ってもらえる。良い人が集まる場所には、情報や新しいつながりも集まり、持続可能な環境になっていきます。
応援してくださる企業と学生が1年生の頃から交流し、その中で「この会社で働いてみたい」と思う学生が出てくるかもしれません。興味があれば、企業見学やインターンシップへ行けばいい。そうしたつながりが、学生一人ひとりの将来の選択肢を増やします。
プロを目指す選手、社会人リーグを目指す選手、教員を目指す学生など、進む道はそれぞれ違います。その選択肢の一つとして、チームを応援してくださる企業がある。そこまで含めて学生の未来を支えられる環境をつくりたいと思っています。
勝つために一年中管理され、朝から晩までラグビーだけをするのではなく、年間を通してしっかりオフを取り、企業や地域とも交流しながら、それでも勝つ。
「この環境で優勝できたら、ワクワクしないか」と学生たちにも話しています。
オンとオフを切り替え、自分で考え、行動し、それぞれが人生を豊かにしながら、チームとして勝利を目指す。そんなチームのあり方を追求し続けたいと思っています。
Q.最後に、これからラグビーに取り組む選手へメッセージをお願いします。
まずは、ラグビーを楽しんでほしいです。
そのうえで、自分で考え、行動してほしいと思います。言われたことをそのまま行うのではなく、時には常識を疑い、「もっと良くするにはどうすればいいのか」と仮説を立てて、自分から試してみてください。
自分で考えて行動する選手は、ラグビー選手として成長するだけではありません。ラグビーのキャリアが終わった後も、社会の中で活躍できる人になると思います。
ラグビーには、誰にでも輝ける場所があります。それぞれの得意を生かし、仲間の苦手を補いながら、一つの目標へ向かっていけるスポーツです。
楽しむこと、努力すること、自分で考えること。そのすべてを大切にしながら、自分らしいラグビー人生を歩んでほしいと思っています。