有限会社杉浦発条
代表取締役 杉浦 弘則
図面がなくても、一緒に形を考える——1個から、困りごとを形にする町工場

お盆の海に鳴った一本の電話——「一週間でつくれないか」
Q. 今の事業につながる原体験や、起業・事業承継・代表就任を決めたきっかけを教えてください。
うちは私で三代目、代表に就任して3年ほどになります。
宇宙用バネの起点は、お盆休みに家族で海にいたときの一本の電話でした。会社にかかってきたものが転送されてきて、出てみたら大学の方から「人工衛星用のバネを一週間でつくれないか」という話でした。休み中でしたが、その場で「挑戦したいです」と答えました。
簡単なオーダーではなく、正直、困りました。そんなとき、たまたま3Dプリンターで遊んでいて、これをバネの成形治具に使えないかと思いついたんです。やってみたら極小のバネが加工できました。
世界に一つだけの技術ではありません。ただ、あのタイミングで役に立てたことが大きな自信になりました。
“世界に一つだけの技術ではありません。ただ、あのタイミングで役に立てたことが大きな自信になりました。”
人が増えて、会社の作り方を変えることになった
Q. 経営人生で最も苦しかった時期や、大きな転機となった出来事を教えてください。その経験から何を学びましたか?
数年前、従業員が急に増えました。うちで働きたいと言ってくれる子が続いたのは嬉しかったのですが、常時10名以上になると就業規則が必要になるなど、それまでのやり方が通らなくなりました。
家族でやっているような、なあなあでも回っていた会社です。属人化も相当ありました。そこから組織らしい形にしていく途中で、正直、まだ道半ばです。
人を先に増やしたぶん、人件費は増えました。それでも判断としては間違っていなかったと思っています。先に人がいないと、新しい相談を受けられない。
苦しかったというより、会社の作り方を変えないといけないと気づかされた時期でした。
“先に人がいないと、新しい相談を受けられない。”
雇用を守る——最後は人だ、という判断基準
Q. これまでに行った大きな意思決定と、その際に大切にした判断基準を教えてください。
いま一番大きいのは、できる限り雇用を守ることです。うちで働きたいと言ってくれる子が来ると、できる限り受け入れてきました。おかげで人は増えましたが、その分の重さも引き受けることになりました。それでも、うちで働き続けたいと言ってくれる人は可能な限り守る。そこは強く意識しています。
判断基準は、最後は人だということです。会社は建物や機械ではなく、そこにいる人でできている。何かを判断するときは、そこで働く人への影響を必ず考えるようにしています。
減らさずに済む方法を先に考える。それが今の私の判断基準です。
“会社は建物や機械ではなく、そこにいる人でできている。”
出来る限り断らない——困っている人が、最後にたどり着く場所へ
Q. 売上や成長よりも優先して守っているもの、経営において大切にしている考え方を教えてください。
出来る限り断らないことです。バネ以外のことでも同じです。「1個だけ」「図面がない」「他所で断られた」そういう相談ほど受けるようにしています。
少量だと頼みにくいかもしれませんが、まずは相談していただきたいと思っています。条件によっては製作できないこともあります。それでも、できる方法を一緒に考えられる場所でありたい。難しい相談の中にも、新しい技術やご縁につながるきっかけがあると考えています。
“できる方法を一緒に考えられる場所でありたい。”
図面がなくても、一緒に形を考える——職人の勘と、約1万5千件の製作履歴
Q. 「この会社だからこそ」と思う強みや、他社と比べても絶対に譲れない価値は何ですか?
図面がなくても、用途や現物から一緒に形を考えられることです。「こう動いてほしい」「これくらいの力で戻ってほしい」そうした話からでも、寸法を決めて作ります。長年やってきた職人の勘と、過去約1万5千件の製作履歴があるので、近いものを探して当たりをつけられます。
バネは単体では意味がなく、必ず何かの機械の中で働く部品です。だから「何に使うか」を聞かないと本当の答えが出ません。仕様書どおりに作るだけでなく、用途から一緒に考える。これはうちの規模だからできることだと思っています。
大きな会社では難しいような、小回りの利くやり方で、小さいまま長く続けていきたいと考えています。
“仕様書どおりに作るだけでなく、用途から一緒に考える。”
一番感謝しているのは親——「全部もらってきた」
Q. これまでの経営人生で一番感謝している人と、その理由を教えてください。
親です。ほかにありません。すべての根っこはそこだと思ってます。私が何かを褒めていただくことがあっても、自分が何かを持っているわけではなくて、そう育ててもらったというだけです。だから褒めてくださる方には「私の親が素敵だからですよ」とお返ししたい。本当にそう思っています。
仕事でいえば、父から継いだバネ屋がなければ、いまのご縁はひとつもありませんでした。人工衛星のバネの相談が来たときも、図面を見た父は正直に「一週間では難しい」と言いました。父は慎重派で、できないことをできるとは言いません。
その正直さも含めて、私は全部もらってきたのだと思っています。
“私が何かを褒めていただくことがあっても、そう育ててもらったというだけです。”
課題は「採れない」より「育てる時間がない」こと
Q. 人手不足など「人」に関する課題について、現在感じていることや、取り組んでいることがあれば教えてください。
うちのような小さな町工場でも、人が採れないより「育てる時間がない」ことの方が課題です。バネは機械で決まる部分と、人の手加減で決まる部分が半々くらいあり、後者は言葉で説明しきれません。実機を一緒に見ながら伝える必要があります。
その時間をどう捻出するかを考えて、事務や見積の手間を減らす方向に手を入れてきました。人には人にしかできない判断と手仕事があると思ってます。
まだ道半ばですが、この方向は間違っていないと思っています。若い人が入ってきたときに、教える側に余裕がある会社にしておきたいです。
“人には人にしかできない判断と手仕事があると思ってます。”
10年後も、「1個だけ」を受けられる会社が地域に残っていること
Q. 10年後、会社や社会・地域がどのようになっていたら「成功」だと思いますか?そのために必要なことは何ですか?
10年後も会社が存在してたら成功だと思います。規模だけを追わず、小回りを保ちながら長く必要とされる会社を目指しています。「1個だけ作ってほしい」という相談を受けられる会社が地域に残っていること、それ自体に意味があると思っています。
バネ屋は年々減っていて、小回りのきく町工場はもっと減っています。このままいくと「1個だけ作ってくれるところ」が本当に無くなる。そうならないように、うちは残っていたい。
そのために必要なのは、技術を次に渡すことと、若い人が「町工場も面白い」と思える見せ方をしていくことだと考えています。
“「1個だけ作ってほしい」という相談を受けられる会社が地域に残っていること、それ自体に意味があると思っています。”
困りごとを面白がって、まず作る——気になったことは、聞いてみてほしい
Q. 社員・お客様・これから出会う人たち、そして未来の読者へ伝えたいメッセージをお願いします。
うちは「困りごとを面白がって、まず作る」会社です。バネのことで困ったら、図面がなくても、他所で断られていても、一度声をかけてください。現物でも、写真でも、手描きのメモでもかまいません。そこから一緒に考えます。
自分一人の力でここまで来たとは思っていません。ご縁でしか生きてこられませんでした。だから、これを読んでくださっている方にひとつだけお願いするなら、気になったことを気になったままで止めずに、聞いてみてほしいということです。断られるのが普通くらいの気持ちでいれば、案外なんでも聞けます。
うまくいくかどうかより、やってみた数の方が残ると思ってます。
“うまくいくかどうかより、やってみた数の方が残ると思ってます。”