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愛知県製造業

高砂電気工業株式会社

代表取締役会長 浅井 直也

長い時間軸で未来をつくり、今までの枠を一歩越えていく

高砂電気工業株式会社 代表取締役会長 浅井 直也

継がないはずだった家業——放送局から経営者へ

Q. 幼い頃、ご家族が経営する会社をどのような存在として見ていましたか?

私どもの会社は1959年創業で、高度経済成長期と呼ばれた時代に始まりました。当時は「モーレツ」という言葉が流行るような時代で、今の感覚から見れば、高砂電気も決して働きやすい会社ではなかったと思います。

父である創業者の職場へ行く機会は多くありませんでしたが、自宅に仕事の電話がかかってきたときなど、父が従業員さんを厳しく叱っている姿を見ていました。正直、「嫌だな。あんな仕事はしたくないな」と思っていましたし、会社を継ぎたいと思ったこともありませんでした。

ただ、今になって考えると、もちろん厳しい働かせ方を肯定するつもりはありませんが、父は経営者として、従業員さんの生活を背負う事業に、人一倍強い責任感を持っていたのだと思います。父の背中を見ながら、経営は相当な覚悟を持ってやらなければならないものだという感覚も、同時に受け取っていた気がします。

Q. もともとは家業を継ぐことを考えず、放送局へ就職されたのですね。

私は就職活動を始めた頃、公共性の高い仕事に就きたいと考えていました。一方で、民間企業の「自社さえ良ければいい」「自分の会社さえ儲かればいい」という考え方にも抵抗がありました。

オイルショックの頃、企業によるトイレットペーパーの買い占めが報道され、人々が店頭に殺到する様子を見て、「あんなことをしてまで金儲けはしたくない」と感じたことも覚えています。

そこで、公共性がありながら役所ではない、いわゆる半官半民のような仕事を志しました。政府系金融機関や電力会社、ガス会社などと並んで、マスコミもその候補の一つでした。その結果、大学卒業後は放送局に入りました。

家業については、小学生のときに病気で亡くした母の存在も大きかったと思います。母は父とともに創業の苦労を経験し、経営者の大変さを間近で見ていました。そのため、亡くなるときの遺言は「会社を子どもたちに継がせないでほしい」というものだったそうです。

兄も私も、会社を継がないことを前提に育てられましたから、進学や就職を考えるうえでも、家業を継ぐという選択肢はまったくありませんでした。

Q. それでも、経営者になる決断をされたのはなぜでしょうか?

父から会社を継いでほしいと言われたときも、最初はまったく取り合いませんでした。「何を言っているんだ」という気持ちでした。

私はよく「魔が差した」と言うのですが、あるとき、ちょっとした気の迷いで「継いでもいいのかな」と思ってしまった。それが正直なところです。

もちろん、迷いと不安はありました。特に大きかったのは、自分が経営したら会社を潰してしまうのではないかという不安です。そこで、会社を経営していた母方の叔父に相談しました。いろいろ話をした後、叔父は「なおちゃんが経営して会社を潰してしまったとしても、お父さんは本望だと思うよ」と言ってくれたんです。

経営者が会社を潰してもいいというのは、従業員さんに怒られそうなほど乱暴な話です。ただ、その言葉で気持ちがものすごく楽になりました。「それなら、引き受けてみてもいいのかもしれない」と思えたのは、間違いなく叔父の一言があったからです。

昨年、私が持っていた株式を娘に譲り、ある程度の事業承継を終えました。そのとき、何十年も前に叔父からもらった言葉を、今度は私から娘に伝えました。

「思ったようにやりなさい。それで仮に会社が潰れても、私は本望だ」と。

もちろん、会社は存続させなければなりません。ただ、「潰してはいけない」と萎縮して力を発揮できないよりも、少しくらい開き直って思う存分やった方が、結果的に良い方向へ進むこともあると思っています。

“「思ったようにやりなさい。それで仮に会社が潰れても、私は本望だ」と。”

「向いていない」と感じた日々

Q. 入社後、自分には向いていないと感じた時期もあったそうですね。

私は典型的な文系で、高校時代には数学の実力試験で0点を取ったこともあります。

機械を相手にするよりも、人を相手にする仕事の方が好きでした。なので、放送局ではそうした仕事をしていましたから、機械部品メーカーである高砂電気に入って、「これは自分のやりたいこととは違うな」と感じました。

前の職場では、仕事の面だけでなく、人間として「あの人のようになりたい」と思える上司や先輩に何人も恵まれました。高砂電気に入った当時は、仕事では尊敬できても、人間として目標にしたいと思える人には、残念ながら出会えていませんでした。それも職場を変えたいと思った理由の一つです。

では、どこかで考えが大きく変わったのかというと、正直、そうではありません。嫌だと思いながらも続けざるを得なかったのは、家内に転職を反対されたからです。そこでストップがかかりました。

“経営者の最大の役割は、10年、20年、場合によっては30年、40年後の人たちに、「あのとき、あの人が判断してくれたおかげで助かっている」と思ってもらえる仕事をすることではないでしょうか。”

大きな決断と、経営者としての変化

Q. 経営者として、特に大きな影響を与えた決断は何でしたか?

結果として会社の事業運営に最も大きな影響を与えたのは、2000年前後の中国進出だと思います。ただ、当時はそれほど重大な決断だとは考えておらず、あまり迷わずに判断しました。

むしろ、悩んだという意味では、工場を建てるときの方が印象に残っています。それまで億単位の買い物をしたことがありませんでしたから、書類に判を押すときは手が少し震えました。後にテレビドラマで、経営者が大きな設備投資の融資書類に判を押す時に手が震える場面を見て、「これこれ」と思ったほどです。

ただ、それは判断の難しさというより、慣れの問題だったのでしょう。今年新しく竣工したビルは、その工場の倍ほどの予算規模でしたが、今回は普通に判を押しました。

経営者は、目の前でどれほど緊張したかではなく、将来に大きな影響を及ぼす決断に責任を持つ必要があるのだと思います。

Q. 長年の経営を通じて、ご自身が変化したと感じる部分はありますか?

成長したという実感はありません。大して成長していないと思います。

ただ、あえて言えば、経営を続けるほど、だんだん純粋になってきたような気はします。

経営者は、少なくとも社内では最も大きな力を持っています。悪い言い方をすれば、わがままを通すこともできますし、悪いことをしようと思えばできてしまう。大きな権力と責任を同時に持っている立場です。

私がお付き合いしている経営者の皆さんには、世の中や従業員さんのことを真面目に、真剣に考えている方が多いと感じます。力が大きいからこそ、正しく使わなければならない。その責任を自覚し続けることで、正しくあろうとする気持ちが強くなっていくのではないでしょうか。

私もその端くれとして、昔に比べれば、私利私欲は少し減ってきた気がします。

“私にとって、会社の利益を出すことは最低限の仕事です。”

長期的な視点——60年前の選択に支えられて

Q. 経営で最も大切にしている価値観を教えてください。

会社の皆さんに伝えている、重視すべき価値観の一つが、「長期的な視点」です。

高砂電気の売上の約半分は、血液自動分析装置に使われるバルブやポンプによるものです。血液自動分析装置は、血液の成分を数値化し、健康状態の把握や病気の診断の根拠となる装置です。

1960年代から70年代頃、日本の企業がこの装置を新たに事業化するなかで、必要となるバルブやポンプを私たちも開発し、供給を始めました。

創業当時は、現在の分野だけに集中していたわけではなく、さまざまなことを手掛けていたと聞いています。その中から創業者が血液自動分析装置の市場に狙いを定め、主軸事業にすると決断しました。

今、私たちが安定的に事業を続けられている最大の要因は、約60年前の経営者が行った事業選択にあると思っています。

医療分野は安定的に成長を続ける一方、部品を一つ変更するにも届出が必要になるなど、参入障壁の高い市場です。お客様も、少し価格が安いという理由だけで簡単に部品を変更することはありません。

そうした市場を選んでくれたおかげで、私たちは今も事業を続けることができています。当時の経営者の選択によって、今の私たちは安定した事業基盤の上に立たせてもらっているのです。

経営者の最大の役割は、10年、20年、場合によっては30年、40年後の人たちに、「あのとき、あの人が判断してくれたおかげで助かっている」と思ってもらえる仕事をすることではないでしょうか。

生産ラインでものづくりに直接貢献できなくても、営業の最前線で売上を上げられなくても、長い時間軸で正しい判断ができれば、経営者として大きな任務を果たしたことになります。

私自身も、10年、20年、場合によっては30年先にプラスになることをしなければならないと考えています。特に中小企業は、目先のことだけを追いかけていては、いずれ衰退してしまう。長い時間軸でものを考えることが、生き残るためにも大切だと思います。

“名古屋弁風に言えば、「おもろいからやろまい」という感覚です。”

従業員の幸せと、利益を出すという最低限の仕事

Q. 従業員の幸せと、会社が利益を出すことをどのように考えていますか?

私にとっては、従業員さんに幸せになってもらうことは、ごく当たり前の会社の目的です。

多くの人は給料を得るために働いています。では、その人たちに給料を払わずに、何のために経営をするのかと思います。

もちろん、お金があれば幸せになれるという単純な話ではありません。ただ、経済的に豊かになってもらうことは、幸せになるための最低限の条件の一つではあるでしょう。それをまず実現せずに経営することに、どんな意味があるのかということです。

そして、給料を払い続けるためには、会社が利益を出し続けなければなりません。私にとって、会社の利益を出すことは最低限の仕事です。利益が出ないから従業員さんの雇用を守れないというのが、一番悪いシナリオだと思っています。

もちろん、儲かっていれば何をしてもいい、給料さえ払えばいいということではありません。ただ、少なくとも利益を出し、働く人にきちんと給料を払う。それだけは、会社として必ず果たすべき役割だと考えています。

“事業の面でも、地域や国という面でも、今までの枠にとらわれず、その枠を一歩越えていく。”

「細胞から宇宙まで」の会社——らしさと、社員への願い

Q. 高砂電気工業らしさは、どのようなところにありますか?

創業70年近い老舗中小企業にしては、新しい製品や事業に、かなり積極的に挑戦する会社だと思います。

新製品だけでも年間約400枚の図面を描いています。実稼働日数を年間200日とすれば、単純計算で1日に2枚ずつ、新しい製品の図面を描いていることになります。

事業領域もお客様も幅広く、「細胞から宇宙まで」、さまざまな分野に関わっています。特注品の新規開発打合でお客様と話すなかで、私たち自身も「そんな用途があるのか」「そんなことを実現しようとしている人がいるのか」と驚くことがあります。

そうした新しい発見に出会いながら、クリエイティブな仕事を毎日できることは、高砂電気の魅力であり、働きがいであり、成長の源泉でもあります。

Q. 社員の皆さんには、どのように成長してほしいと考えていますか?

経営者が大きな力を持ちつつも、それを正しく使わなければならないのと同じように、従業員さんも規模が違うだけで、基本的には同じだと思います。

まず、自分がやりたいことを実現するためには、スキルや力、知恵を身につけなければなりません。勉強をせずに、できることが増えるわけではありませんし、立場が上がれば、任される範囲や実現できることも広がります。

一方で、自分のやりたいことだけをやりたいようにやればいいわけではありません。与えられた力や権限は、最終的には会社という器を通して、一緒に働く人たちや、お客様など、ステークホルダーを少しでも幸せな方向へ導くために使われるべきです。

力と知恵を身につけること。そして、それを何のために使うのかを考え、正しく使うこと。この両方を一人ひとりが大切にすれば、会社全体も良い方向へ進んでいくのではないでしょうか。

若い社員の皆さんには、特に新しいことへ挑戦し続けてほしいと思います。新製品を創り、新しいお客様を開拓し、新しい事業領域へ入り続けることが、高砂電気の成長の源泉です。そんな中から、血液自動分析のような事業の新たな柱も見つかるはずでしょう。

古いことにとらわれず、新しいものへ向かう姿勢を大切にしてほしいですね。

事業承継と、100年企業の先に

Q. 60歳で社長を譲ると決め、長い時間をかけて準備されたそうですが、後継者へ何を伝えましたか?

特に伝えていません。

むしろ、あえて伝えないようにしたかもしれません。余計なことを口に出さないことを、自分自身への戒めにしていました。

新しい経営者の時代になったら、その人の考えと判断で会社は動くべきです。会長が余計なことを言っても、邪魔になるだけだと思っています。

現在も、会長だからこそ見える特別な変化があるとは、あまり感じていません。私も今では、一般の従業員さんに近い立場から、会社の運営や変化を客観的に見ているのだと思います。

Q. 100年企業の先に、どのような未来を描いていますか?

高砂電気が100年企業になる頃には、私はおそらく生きていないので、正直、どんな会社になっているかは分かりません。

ただ、自分が行ったことや下した判断が、何十年経っても会社にプラスの影響を与えていることが望ましい。それが経営者の責務だと思っています。

会社が100年を超えて続いていくことは、私の望みです。一方で、その時代にどんな仕事をし、どんな文化を持つ会社になるのかは、そのときにいる人たちが判断することです。私が今から細かく口を出すことではないと思います。

宇宙でビールを造る——「おもろいからやろまい」

Q. 「細胞から宇宙まで」というキャッチコピーには、どのような思いが込められていますか?

細胞のような極小のものから、宇宙のような天文学的なスケールのものまで、非常に幅広い事業領域を持っていることを表しています。

同時に、細胞と宇宙のどちらにも共通する、技術の最先端に関わっている感覚も伝えられる言葉だと思っています。

就職を考えている方にも、「少し面白そうな会社だな」と感じてもらえるキャッチコピーではないでしょうか。

Q. 現在取り組んでいる、新しい挑戦について教えてください。

一つの例として、宇宙でビールを造る計画を進めています。今年の年末までに打ち上げることを目指し、計画はすでに具体化しています。

宇宙醸造ビールプロジェクト特設サイト:https://space-brewing.jp/

ビールの原料と酵母をロケットで国際宇宙ステーションへ送り、現地で宇宙飛行士に醸造を始めてもらい、数か月後に完成したビールを地上へ戻すプロジェクトです。「細胞から宇宙まで」を体現する、ひとつの具体例となります。新しい事業を起こし、将来の会社の発展につなげるという要素も当然あります。ただ、正直に言えば、それ以前に「面白いからやっている」という部分があります。名古屋弁風に言えば、「おもろいからやろまい」という感覚です。

私は最初、嫌々ながら経営者の仕事を始めました。それでも今、経営を楽しめている最大の理由は、自分が面白そうだと思ったことや、会社の長期的な発展につながると信じたことに、リスクを取って挑戦できる自由度が高いからです。

それこそが、経営者という仕事の最大の魅力だと思っています。

宇宙でビールを造るという突拍子もない計画は、経営トップでなければなかなか言い出せないかもしれません。ただ、始めてみると「面白い、夢のあるプロジェクトだ」と言って、従業員さんを含め、多くの人が支援してくれます。

そうした皆さんと一緒に取り組めることも含めて、やっていて楽しいと感じています。

Q. これから経営者を目指す方や、若い世代へメッセージをお願いします。

新しい領域を切り開くことは、経営者の役割であり、仕事の面白さでもあると思います。

創業社長はもちろん、事業を受け継ぐ社長も、広く世の中を見渡し、何に取り組むことが自分たちの新たな成長につながるのかを考えていただきたいです。

事業領域だけでなく、地理的な領域を広げることも大切です。これから日本の人口が減少していくことは、すでに織り込み済みです。本当に成長を目指すなら、国境を越えて新しい領域へ出ていくことも必要になるでしょう。

事業の面でも、地域や国という面でも、今までの枠にとらわれず、その枠を一歩越えていく。

若い人たちには、そうした活動へ積極的に取り組み、挑戦そのものを楽しめるようになってほしいと思います。

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